BLACKPINKジスの恋愛告白は例外。アイドルファンはなぜ熱愛を許せない?【梁木みのり】
BLACKPINK ジスの艶姿を激写
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◾️アイドルの “匂わせ” 疑惑から考えるファンの心理
アイドルの熱愛疑惑があとを絶たない。先日は、まさに私が今一番見ている男性アイドルグループのメンバーにいわゆる “匂わせ” 疑惑が持ち上がり、SNSが不確定情報とファンのお気持ち表明と公式に声明を求める声の嵐になっている。
ファンたちを見ていて、大きく分けて2つの受け取り方があるように思う。「恋愛はしてもいいから、見せないでほしかった。隠し通して完璧に夢を見せてほしかった」という人と、「ファンは彼の仕事の面だけを享受しているのだから、(公的なSNSで恋人の存在を匂わせたのは残念にせよ)まして憶測などでずけずけとプライベートに踏み込むべきでない」という人。もちろん恋人がいること自体けしからんと言う人もいるが、意外とそれは少数派のようだ。グループにもよるのだろうが。
今挙げたこの2派は、結局のところは同じことを言っている。プライベートでは恋愛をしても問題ないが、ファンには見えないところでやって、仕事とは切り分けるべきだということ。その「切り分ける」責任の所在が、アイドル側にあるかファン側にあるかというだけの違いだ。
このような声を見るたびに私は思う。アイドルのファンはなぜアイドルが恋愛をしているところを見たくないのか? 「恋愛しているけれど見せない」ことでアイドルが見せるよう求められる「夢」とは、いったい何なのだろうか?
たとえば「アイドルは擬似恋愛を売っているから、特定の人ではなくみんなの恋人でなければいけない」というのは、ごく一般的でわかりやすい解釈だ。しかし私はどうもそれが全てであるようには思えない。本当にファンがみんなアイドルと付き合いたいと本気で思っていたら、今頃アイドルたちの身の回りはもっと大変なことになっているはずだ。それに、擬似恋愛を買いたいならばホストクラブにでも行けばいい(代償は高くつくが)。そもそも恋愛が擬似である必要はどこにあるのだろう? ファンたちは現実で恋愛をする自信がないのだろうか?
思うにアイドルについては、「恋愛」そのものよりも、擬似恋愛的な機能が客席やお茶の間で体験でき、ホストクラブのようにすぐそこにあるものでない点にミソがあるのではなかろうか。つまりアイドルの見せる「夢」は、そこに生々しい人間の身体がないことが大前提なのではないかと考える。
匂わせ疑惑をかけられたメンバーの映像を騒動後に見た時に、今までと何ら変わらない顔・表情・振る舞いにもかかわらず、これまでに抱いたことのなかった生々しさを感じた。それはいくら「一人の人間だから当然だ」と思おうが、拭い去れない違和感でもあった。ファンが拒絶しているものの正体は、これなのではないだろうか。恋人がいるか否かの前に、恋人をつくりたい・恋人の存在をそれとなく知らしめたいと思う生々しい欲があるということが、アイドルの「夢」を壊すのではないか。
人間的な生々しさを取り去ることで、アイドルは純粋な「情報」になる。画面に映る情報から、ファンの中で再構築された理想像。つるんとしていて害がない存在。これはホストクラブでは決して手に入らないものだ。おそらくアイドルファンたちは、生々しい身体の世界から逃げたがっている。アイドルは、現実ではありえない、情報や精神的なものだけで構成された「夢」の世界を提供してくれる。